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社会の隅っこから

アスペで躁鬱で神経質な私の思うこと。

読書の冬

本・漫画 自分語り

ここ数日、コンスタントに読書をしています。

とはいっても新しい本ではなく、何度も読んだ本の読み返しです。速読が得意なので、あっという間に読めます。

 

レイモンド・チャンドラー 村上春樹訳「さよなら、愛しい人」「大いなる眠り」

村上春樹「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険

マーク・ストランド 村上春樹訳「犬の人生」

カズオイシグロ「忘れられた巨人」

 

このへんを読んだのですが、ほとんど村上春樹ですね(笑)

村上春樹の小説よりも、彼が翻訳した本が好きです。昔は海外小説はわかりにくいと感じていてそれほど好きではなかったんですけど、今は逆に魅力を感じます。

 

この中だと、「さよなら、愛しい人」が一番好きでしょうか。

村上春樹訳で出ているマーロウシリーズは全部読んでいるのですが、ストーリーをすぐ忘れちゃうところが読み返したい派には良いです。登場人物が多いので、これ誰だっけ?となることも多いですが、文章が素敵で、最後までしっかり惹きつけられます。

 

あとは漫画ですが、「ポーの一族」を初めて読みました。

一週目はストーリーを把握するのが大変で、あまり面白いと思えませんでしたが、二週目はなかなか楽しめてます。ちょっと絵が古くて読みにくいですけど。

もう少しじっくり内容を反芻したら、感想を書きたいと思います。

 

話は変わりますが、相変わらず不眠です。眠れない夜の眠らないブログ。

どうしたもんですかねー。原因らしきものは特定できてるんですけど、あまりに下らないので書けないです。

自分について考えるキッカケがあった、ただそれだけです。

 

双極性障がいが落ち着いて2年以上経過して、少しずつ傷は癒えてきたように感じます。(強制入院手前まで精神崩壊したので、けっこう傷ついたんですよ^^;)

前に進みたい気持ちが出てきたことで、葛藤が生まれてるんです。周囲は、私が行動力を起こしたら躁状態を疑うから(一度ですが、そのようなことを言われました)。

そして自分でも問いかけてしまいます。「自分が今、病的な状態か判断できるの?今まで一度も自覚できなかったのに。あなたの認識なんて信頼に及ばないの、行動なんてしていいの?」と。

 

そういうのって、何ですかね・・・悲しいと思います。

何でそんなことを考えなくてはならないのでしょう。もう手放しで楽しめるような、充実した日々は、帰ってこないのでしょうか。

 

最近、読書や音楽でけっこう感動してる自分がいるのですが、そういう感覚は軽い躁状態の特徴としてあったので、どこか心配なんです。寝不足で普通にだるいので大丈夫だと思うんですけど・・・(躁状態だと寝不足でも疲れません)。

 

とりあえず、そろそろ布団に入ります。

 

母という人間

自分語り

メンタルを病む人間というのは、わりと母子関係が複雑だったりしますよね。

ということで、私と母の関係、母という人間について書いてみたいと思います。

 

私の母は、基本的にまともな人間です。毒親ではないですし、収入もきちんとありますし、子どもの自主性を尊重してくれます。

能力も非常に高く、運動神経抜群で頭も切れて、いつも冷静でタフです。

 

ただ、とても個性的な部分があります。感情がほとんどないんです。

映画をみて感動したり、理不尽なことに憤ることはあるのですが、傷ついたり、悲しくなったりしないんです。全く”情緒的”でない、というのが正しい表現かもしれません。ナイーブさがない。

「自殺したい」と言われると普通の人間なら焦ったり、他人の苦しみに同情して自分も苦しくなったりしますよね。そういうのが全くないんです。

 

だから人が何をしたら傷つくのか、感覚でわからないんです。理屈ではある程度わかっているみたいですが、感覚的にわからないので適切な対応ができません。

いくらそれが事実でも、言っちゃいけないことってあるじゃないですか。

それを言っちゃうんです。ちょっと具体例はすぐ浮かばないんですけど・・・

 

親しい人間には特別に認められたい、というのが人間の欲求としてありますよね?ない人もいるとは思いますが。

この特別に認められたいというのは、”かけがえのないたった一人の人間”して愛してほしいというニュアンスです。嫌な言い方をすると、依怙贔屓してほしいってやつ。恋愛なんか最たる例ですね、あとは友達でも家族でも、可愛がられたいってことです。

 

こういうのもわからないんです。だから相手がそれを求めてきたときに、拒否するんですけど。

いくら仲良くしていても、利害関係が一致していたから一緒にいただけで、情はない。利害関係が一致しなくなった時、具体的には相手が(恋愛に限らず)情を求めてきたときには綺麗にさようなら。

その手のひら返しとさえいえる態度に、大抵の人間は傷つくことになります。

認められたい欲求そのもの、人間のどうしようもない弱さそのものが理解できないわけで、やられた相手としてはものすごく自分の存在を否定された感じがするんです。

 

そういう側面は私に対してはほとんど発揮されませんが、いくつか傷ついた出来事もあります。

 一番覚えているのは、私にとって最も大切な思い出を否定されたことですね。

中学生の時にちょっとした合宿のようなものに行ったんですけど、そこですごく充実した日々を過ごせて、終わるときに色々とこみあげてきて泣いたんです。もうボロボロと。

それを何年か後に振り返って話している時に、「ああいうのって気持ち悪いよね」と言われました(笑)大人が感動的な雰囲気を作ってるだけじゃん、作り物じゃん、みたいなニュアンスだったでしょうか。だから私が泣いた事ではなく、そういう合宿とかイベント独特の感動的な”ノリ”が気持ち悪いって話だったんでしょうけど。

でもまあ、そういう言われ方するとショックではあります。

 

とはいっても、そこはそれほど問題ではありません。

一番の問題、私を苦しめたのは”拒否された大人たちの恨み”です。自尊心をひどく傷つけられて、落ちていった人たち(ある人は仕事をやめ、ある人はきつくメンタルを病みました)。

仕事で、プライベートで、苦しいときに情を求めて撥ねつけられたわけですけど。まあ、その人たちにも非はあるんです。仕事に責任を持たなかったり、やっていい範囲以上に干渉したり、自業自得ではあります。

ただ、だからといって酷く傷つけるのはよろしくないです。人間にはどうしても弱さがあって、誰しもそれを認められるわけじゃないし(今の日本社会がそれを認められるような環境作りをしてませんしね)、そういうのには哀れみを持たなくてはならないと私は思います。

 

それで、”拒否された大人たちの恨み”が私にとってどう問題だったかというと、その恨みが間接的に私に向いたことです。

最もきつかったのは、父の恨みですね。両親は私が小学1年生の時に離婚していて、別れ方も良くありませんでした。

具体的な話はちょっと控えさせてもらいたいんですけど、父に母の話を振ったら顔色がヤバい、母に父の話をしたら否定感が返ってくる、そんな感じ。離婚しても父には定期的に会いに行ってたので、そのへんで色々ありましたね・・・。

 

私は、父のことはあまり好きではないです。色々と事情があって、今は縁を切ってもいます。(※うつ病になった時に干渉されて、ひどくダメージを受けてしまいました。)

でも父の弱さは理解できるので、母と父の板挟みでした。離婚に関してはどちらかというと父に過失があるから母の否定感もわかりますし、うん、どっちもわかるのが苦しかったです。

そこの葛藤はまた長い話になるので、違う記事で書ければと思います。

 

母の代わりに私に認めてもらいたくて、すがられてしまう感じです。それでこう、精神が乗っ取られてしまうというのか・・・、このへんの話も長くなるので違う記事でしましょう(笑)

私と母は表面的には似てるんですよね。(自分でいうのもあれですけど)すごく頭が良くて、人間や物事の分析が得意で、論理的。平等で公正、どんな変な人も受け入れるし、はっきり自分の考えを持っている。まあこれは少し良く書きすぎですが・・・。

でも心の部分、根っこは全然違うタイプなんです。私は弱くて傷つきやすいし、情緒的な部分もわかります。そして何度もいいますが、母はその反対です。

 

昔は、私も自分と母が似ている人間だと思っていたので、母のような人間になろうとして苦しんだ日々もありました。

そのへんもまた別の記事で書きます(苦笑)

 

とりあえず母の話はここまでです。う~ん、あまり上手に説明できませんでしたね・・・。

難しいんですよ、母を説明するのは。どのタイプにも当てはまらない人間なので。

 

まあ私の力ではこれが限界です。潔く、諦めるとしましょう。

月に一度の精神科

近況

今日は月に一度の精神科受診をしてきました。

私の病名は「双極性障がい1型」、ここ2年くらいは何の症状も出ていないので、ひとまず寛解していると言ってもいいでしょう。

 

だから受診といっても大したことをするでもなく、「調子は変わりないですか?気分の上がり下がりとかはないですか?」「特にないです」「いつもの薬出しときますね」で終わり。

症状が落ち着いていても、双極性障がいは再発しやすいものなので、予防として薬を飲み続ける必要があります。

 

どちらかといえばメインはカウンセリングで、先生ではなく心理士さんとの面談になります。

病気や人生について相談することもあれば、雑談をすることもあります。

自分の話聞いてもらえるって、気分のいいものです。利害関係はもちろんないし、話したことも外に漏れないので、いろいろ話しやすいです。

 

最近やる気がないという話を聞いてもらって、特にアドバイスをもらったわけでもないですが、話してる中で改めて「ムリしないでいこう」と思いました。

これから忙しくなりそうというか、色々と新しいことに取り組まなくてはならないので、調子を崩すことのないように注意したいです。

 

特に書くことないですね。

心もですが、身体も大事。風邪をひかないようにも気をつけなくては。