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社会の隅っこから

アスペで躁鬱で神経質な私の思うこと。

3月のライオンと”悪”

本・漫画

 

私は「3月のライオン」が好きで、全巻持ってもいるのですが、最近の展開にはちょっと疑問があります。

なのでこの記事はわりに批判的なものです。それでもいい、という方は読んでください。

 

知らない人のために少し説明しておくと、「3月のライオン」は羽海野チカ先生(「ハチミツとクローバー」の作者です)の漫画です。

内容的には、小さい頃に両親・妹を亡くし、中学生で将棋のプロ棋士になった孤独な少年(零くん)と、下町に住む三姉妹(親代わりのあかりさん、中学生のひなたちゃん、幼児のももちゃん)との交流を描いた将棋&成長物語、といった感じです。

 

最近アニメ化、映画化されましたし、世間の評価も高く、基本的には読んで損はない漫画です。※完結はしてません。私にとっても、途中まではほぼ文句なしでした。

あまり嫌な展開がなく、零くんと三姉妹の温かな交流と、プロ将棋という厳しい世界の様々なドラマがよく描けていたと思います。

 

私が疑問を持ち始めたのは、三姉妹の次女、ひなたちゃんのいじめ問題からです。

中学校のクラスでいじめが起こり、いじめられていた子を庇った彼女もいじめられて、それに立ち向かっていくんですけど。零くんも自分に出来る事を探して、彼女をサポートしようと頑張って。

そっちの被害者サイドというか、ひなたちゃんの踏ん張り、零くんの不器用な頑張りは、なかなか素敵だっだと思います。

気になったのは加害者サイド、いじめっ子の描き方です。

 

最後は先生の介入によっていじめが終わるのですが、いじめっ子は(表面上は謝っても)反省する様子なくフェードアウトしてしまうんですよね。

先生と何度も面談するも進歩がないまま、卒業というタイムリミットが来て、先生が一方的に「お前は不安なんだろう」みたいなことを言って終わり。

彼女は子どもですからね・・・、いじめは良くないですが責任は大人にある年齢です。彼女が不安なら不安にならないようサポートしなくてはならないし、他人を尊重できるために必要な経験を与えなくてはならないんです。

 

ひなたちゃん個人としては「許せない」のは仕方ないですし、いじめっ子を理解しようとする必要もないと思いますが、作品としてはもう少しいじめっ子にも寄り添ってほしかったです。

なぜいじめをするに至ったのか背景を描写してくれないと、いじめをする人は”悪人”で、わかりあえない存在だと言ってしまっている気がして悲しかったです。

 

環境に恵まれなければ誰でも”悪人”になれる、と私は思うんですよね・・・。生まれ持ってのものではない。更生の余地は絶対にあります、子どもなら特に。

人間は悪も善も両方持っているから、どっちに転ぶか次第なんだよ、というのか。いじめついて描くとき、そういう部分を欠かしちゃいけないと思うんですよ。

 

それもいじめっ子のエピソードだけならまだ許せたのですけど、いじめのストーリーの後にまた”悪人”として三姉妹の父が出てくるんですよね。そしてこちらも寄り添われることなく、同情不能なままフェードアウト。

まあこの父は相当しょうもない人ではあるんです。甘ったれた理由で仕事やめて浮気して離婚、という美しさ。さらに離婚は三姉妹の母が病気で弱っているときで、その後亡くなってもいますからね。それが突然帰ってきて「これから一緒に暮らそう!」ですから、ほんと悪人でしかないんですけど。

 

ただすべて彼が悪いかというと、まあ悪いんですけど、まずそんな男と結婚した母親に少し責任があるんじゃないでしょうか。

間違って結婚しちゃうまでは仕方ないとしても、浮気されて離婚するとなった時もまだ愛してるのはどうかと・・・。

そのせいで彼のしょうもない要素を助長してしまったというか、そこで完璧に切り捨てていれば、「一緒に暮らそう!」なんて来なかった気がするんですよね。

 

結局は人間の悪というのは行為ですから、例えば野原で独りぼっちならどんな悪人でも悪をなせないわけです。

コミュニケーションによって悪は生まれ、コミュニケーションの責任は双方にある。つまり三姉妹の母にある弱さが、彼の悪を引き出してしまったというのか。

それで彼女だけが傷つくなら構わないんですけど、子どもを産んで何の罪もない子どもを傷つけてしまったことに関して、彼女が”悪い”とは言わなくとも”無責任”だと思います。

 

まあ、そこは物語の本筋ではないので置いておいておきましょう。

三姉妹の父騒動でもう一つ問題なのは、零くんの暴走ですよ。三姉妹を守りたい気持ちはわかるのですが、感情移入と介入の度が過ぎると思います。

 

守りたいと奮闘する過程で、ひなたちゃんへの恋心を自覚してからが特にひどい。勝手に婚約者扱いして、将棋仲間に話しちゃう。ストーカーの思考回路じゃん?それ。

そんなことされてたら気持ち悪くないですか。

あかりさんの結婚相手探しも勝手に始めるんですが、それもどうかと・・・。

 

勝手に「一緒に暮らそう!」と帰ってきた父は”悪人”で、勝手に「婚約者!結婚相手探し!」してる零くんはお咎めなし。

自分の気持ちや見方で勝手に行動する、その相手への”想像力の欠如”こそが悪の始まりだと思うんですけど。その人のことをわかってるから大丈夫、ではなくて、何かしてあげたいなら「こうしてもいい?」っていつも聞かないと。

いじめ問題のときの零くんは、それが出来ているのが素敵だったのに。

 

ハチミツとクローバー」でも感じたことですが、一方的なコミュニケーションをする登場人物が多いし、作品全体のメッセージとしてそれを肯定さえしてますよね。

いつまでも未練がましく片思い、振られてるのに態度に出し続ける。勝手に相手のため!と行動する。

本当に好きで大切に思うなら、第一に相手の気持ちを考えなくてはならないと私は思うのですけど・・・。わかりませーん。とにかく悪と善の表裏一体の部分というか、人間の闇についての理解が足りないと感じました。

 

とはいっても、物語もまだ途中ですし、これから零くんももっと成長するだろうし、その中で悪人サイドへの理解やなんやらも描かれるかもしれません。

そう期待したいところです。

 

たぶん私が気にしすぎなんでしょうね・・・。大人の責任とか、コミュニケーションの正しさとか。

子ども相手の仕事をしているので(今はメインは違うんですけど、それ関係ではある)、譲れない部分があるんです。

 

実は他にもたくさん譲れなかったり気になったりしちゃう部分があって、見れない漫画やドラマなんかも多いです^^;

最近では「逃げ恥」がダメでしたね・・・、みくりの仕事への姿勢が甘っちょろくて。

 

とにかく何事に関しても、ケチつけがちなんです。楽しめる範囲が少ない。

他人と楽しさを共有するのが難しいわけで、だから友達少ないんだよなあ。

 

悲しくなってきたので、このへんで。失礼します。