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社会の隅っこから

アスペで躁鬱で神経質な私の思うこと。

母という人間

自分語り

メンタルを病む人間というのは、わりと母子関係が複雑だったりしますよね。

ということで、私と母の関係、母という人間について書いてみたいと思います。

 

私の母は、基本的にまともな人間です。毒親ではないですし、収入もきちんとありますし、子どもの自主性を尊重してくれます。

能力も非常に高く、運動神経抜群で頭も切れて、いつも冷静でタフです。

 

ただ、とても個性的な部分があります。感情がほとんどないんです。

映画をみて感動したり、理不尽なことに憤ることはあるのですが、傷ついたり、悲しくなったりしないんです。全く”情緒的”でない、というのが正しい表現かもしれません。ナイーブさがない。

「自殺したい」と言われると普通の人間なら焦ったり、他人の苦しみに同情して自分も苦しくなったりしますよね。そういうのが全くないんです。

 

だから人が何をしたら傷つくのか、感覚でわからないんです。理屈ではある程度わかっているみたいですが、感覚的にわからないので適切な対応ができません。

いくらそれが事実でも、言っちゃいけないことってあるじゃないですか。

それを言っちゃうんです。ちょっと具体例はすぐ浮かばないんですけど・・・

 

親しい人間には特別に認められたい、というのが人間の欲求としてありますよね?ない人もいるとは思いますが。

この特別に認められたいというのは、”かけがえのないたった一人の人間”して愛してほしいというニュアンスです。嫌な言い方をすると、依怙贔屓してほしいってやつ。恋愛なんか最たる例ですね、あとは友達でも家族でも、可愛がられたいってことです。

 

こういうのもわからないんです。だから相手がそれを求めてきたときに、拒否するんですけど。

いくら仲良くしていても、利害関係が一致していたから一緒にいただけで、情はない。利害関係が一致しなくなった時、具体的には相手が(恋愛に限らず)情を求めてきたときには綺麗にさようなら。

その手のひら返しとさえいえる態度に、大抵の人間は傷つくことになります。

認められたい欲求そのもの、人間のどうしようもない弱さそのものが理解できないわけで、やられた相手としてはものすごく自分の存在を否定された感じがするんです。

 

そういう側面は私に対してはほとんど発揮されませんが、いくつか傷ついた出来事もあります。

 一番覚えているのは、私にとって最も大切な思い出を否定されたことですね。

中学生の時にちょっとした合宿のようなものに行ったんですけど、そこですごく充実した日々を過ごせて、終わるときに色々とこみあげてきて泣いたんです。もうボロボロと。

それを何年か後に振り返って話している時に、「ああいうのって気持ち悪いよね」と言われました(笑)大人が感動的な雰囲気を作ってるだけじゃん、作り物じゃん、みたいなニュアンスだったでしょうか。だから私が泣いた事ではなく、そういう合宿とかイベント独特の感動的な”ノリ”が気持ち悪いって話だったんでしょうけど。

でもまあ、そういう言われ方するとショックではあります。

 

とはいっても、そこはそれほど問題ではありません。

一番の問題、私を苦しめたのは”拒否された大人たちの恨み”です。自尊心をひどく傷つけられて、落ちていった人たち(ある人は仕事をやめ、ある人はきつくメンタルを病みました)。

仕事で、プライベートで、苦しいときに情を求めて撥ねつけられたわけですけど。まあ、その人たちにも非はあるんです。仕事に責任を持たなかったり、やっていい範囲以上に干渉したり、自業自得ではあります。

ただ、だからといって酷く傷つけるのはよろしくないです。人間にはどうしても弱さがあって、誰しもそれを認められるわけじゃないし(今の日本社会がそれを認められるような環境作りをしてませんしね)、そういうのには哀れみを持たなくてはならないと私は思います。

 

それで、”拒否された大人たちの恨み”が私にとってどう問題だったかというと、その恨みが間接的に私に向いたことです。

最もきつかったのは、父の恨みですね。両親は私が小学1年生の時に離婚していて、別れ方も良くありませんでした。

具体的な話はちょっと控えさせてもらいたいんですけど、父に母の話を振ったら顔色がヤバい、母に父の話をしたら否定感が返ってくる、そんな感じ。離婚しても父には定期的に会いに行ってたので、そのへんで色々ありましたね・・・。

 

私は、父のことはあまり好きではないです。色々と事情があって、今は縁を切ってもいます。(※うつ病になった時に干渉されて、ひどくダメージを受けてしまいました。)

でも父の弱さは理解できるので、母と父の板挟みでした。離婚に関してはどちらかというと父に過失があるから母の否定感もわかりますし、うん、どっちもわかるのが苦しかったです。

そこの葛藤はまた長い話になるので、違う記事で書ければと思います。

 

母の代わりに私に認めてもらいたくて、すがられてしまう感じです。それでこう、精神が乗っ取られてしまうというのか・・・、このへんの話も長くなるので違う記事でしましょう(笑)

私と母は表面的には似てるんですよね。(自分でいうのもあれですけど)すごく頭が良くて、人間や物事の分析が得意で、論理的。平等で公正、どんな変な人も受け入れるし、はっきり自分の考えを持っている。まあこれは少し良く書きすぎですが・・・。

でも心の部分、根っこは全然違うタイプなんです。私は弱くて傷つきやすいし、情緒的な部分もわかります。そして何度もいいますが、母はその反対です。

 

昔は、私も自分と母が似ている人間だと思っていたので、母のような人間になろうとして苦しんだ日々もありました。

そのへんもまた別の記事で書きます(苦笑)

 

とりあえず母の話はここまでです。う~ん、あまり上手に説明できませんでしたね・・・。

難しいんですよ、母を説明するのは。どのタイプにも当てはまらない人間なので。

 

まあ私の力ではこれが限界です。潔く、諦めるとしましょう。